アイドルの「体調不良」を信じるチェリーの話

※今日も寝る前に制限時間40分でブログを書いてます。

 

「病は気からだよ。笑う門には福来るというし、楽しくなくても笑ってれば楽しくなるものさ。さぁ笑おう。」という人に狂気を感じてしまう。

 

病は気からということに関しての科学的な裏付けについては*1、詳細な機構は不明であるものの、楽観主義や希望的観測がいくつかの慢性疾患を軽減するかもしれないという話を拾ったことがある。以前のブログでも触れたかもしれないが、プラシーボ効果と言われるように、偽の薬で病気が治るのは期待感が報酬系を介して交感神経を活性化して免疫に影響を及ぼすためらしい*2という話も聞いたことがある。

 

それでもなお、どうやら笑ってさえいれば良さそうだと納得できないし、まして強制的に笑う環境をセッティングするというものに対してはすごく不気味に感じてしまう*3

 

笑ったらいいんじゃないかという説を支持するような話を提示しながら、どうもその考えは不気味だという個人的な感想を述べるスタイルをとっているので、本筋としては笑っとけ派の人間でありながら、笑うのが良くないというのがいかに非論理的であるかを示すようなスパイ的な文章に見えてしまうかもしれないが、そうではない。

 

私はただ、笑うこと(に限らず他の感情についても)を強要しないでほしいと思っているだけである。それが他人に対してというのは言わずもがな、自分自身に対してもである。

自分の感情は自分の意のままに完全にコントロールできると思いたいかもしれないが、それは今の人類にはできないのではないかと思う。環境問題に対応できていなかったり未だに不治の病が残っているように、人が非人工物を完全にコントロールできた試しを私は知らない。人の感情も非人工物である以上、これに関してだけは完全にコントロールできると思うのは完全な思い上がりに過ぎず、表情を作った程度ではどうにもならないこともあると私は思っている。

結局のところ泣きたいときに泣いたり、腹が立ったときにそれをそのまま表現できるというのが一番気持ちいい。

 

大げさなうえにポエミーな感じになってしまったが、なぜそんなことを急に発想したかというと、もととなったのは、応援しているアイドルの日向坂46のメンバーが続々と体調不良で休業しているのを見たというだけのことである。

他人に笑顔を振りまくのを業として美しくあるために健康に気を使っているような若く体力のある人間でも過労には勝てなかった*4

 

1円も課金はしないけど、円満なカタチで卒業できる人が多いといいなと思いつつ、40分経ったのでキモいオタクはもう寝る時間。