ラブ登山3

※洗濯機が終わるまでの時間に書いています。ブログを。

 

大きな糞を見つけた私は、その瞬間は全身の血の気が引く思いがしたが、この糞の形は恐らくキツネではないかとウンコの発見から2秒後には冷静さを取り戻していた。しかし、思えばこのプチ遭難騒動に至るまでには自身の肉体及び山道への知識量に対する過剰評価が原因となっている節があり、万が一このキツネのものと思われる糞便がヒグマのものであり、この先の頂上を目指し続けたのなら、私の死因はヒグマによる捕食ではなく、自惚れとなってしまうだろう、と考えた。

全く知らない人やその分野に精通している人よりも、ちょっとかじった程度に知っている人間が一番根拠のない自信を持っている的な話は確か、ダニング・クルーガー効果*1というのではなかったろうか。

そういえば、この山は山頂にテレビのアンテナが設置されているような山であるから、案外ネットがつながるかもしれない。持参した携帯端末で確認してみようかしら。

即座にiPadを確認した私は、そこはしっかりと圏外になっていた。

お茶を飲んで冷静になった私が一気に地図を開いて山頂までの登山コースにグーグルマップを駆使して戻ってからはぐれた登山メンバーと頂上で再会して、登山の苦しみを分かち合い、そこで意気投合した女子と恋に落ちるような大逆転シナリオはついに実現しないことを悟った。

というか、目の前にあるのがクマの糞であろうがキツネの糞であろうが、もう先に進む気力を失っていた。

中途半端に道なき道を進むだけの体力はあったものの、進み切って頂上に無理やりたどり着くほどではなく、この登山で再三思い知らされた自身の半端さをここでようやく鑑みることができた。

 

かくして、この恐らくキツネのものと思われる大きめの獣の糞がある藪の中を私の登山における頂上であると勝手に納得して、元来た道を戻るカタチで下山し始めた。

下山中の私は、この登山の最中何度も感じた己の半端さを噛みしめながら、「この山を生きて降りることが出来たら愛する人に感謝を伝えよう、いや、これは死亡フラグだから目の前の自然に集中して一歩一歩安全に山を下ろう、しかしいつ死ぬか分からんものだからな、やっぱ愛を伝えようか…」といった繰り返す雑念と戦った。

雑念に囚われる瞬間に足元にツタが絡まって転び、20代半ばで比喩的な意味でなく何度も泥にまみれて尻もちをついた。転ぶまいとつかんだ木の枝にトゲが生えていて痛烈な痛みと共に流血を想起したものの、案外たいした怪我はしていなくて、自身の身体について過大評価しているだけではなく、見くびっている部分もあるのだなとちょっと感心したりもした。余談ではあるが、脳内で大麻様物質が出ている際には痛みや苦痛が緩和され、これがランナーズハイの仕組みなのでは?という話*2を聞いたことがある。

自身の肉体も人工物で無いという意味で自然であるから、今回の登山を通して自分はいかに自然について何も分かっていないということをベタに思い知らされた。

 

転んだり起きたりちょっと手を切ったりしながら藪を抜けて、ようやく整備された道に戻ってきたことを実感するタイミングが訪れた。本当にこの瞬間は、敷かれたレールのありがたみ、先人たちへの敬意で満ち満ちていて、なんの感情かは分からないがあまりに溢れるものがあり、涙が出そうになった感覚があった。ただ、汗をかきすぎて涙なのか汗なのかもよく分からない無様な感じになっていた。

人道に戻った私は、分かりやすく調子に乗った。先ほどはあれほど山をなめてはいけないと強く思っていたのに、この歩きやすい道と藪に足を取られなくなり身体が軽くなったことによる高揚感でそんな感情は過去のものとなり、小走りで登山道を駆け下りていた。ヒトは学ばない生き物である。(いや、私だけかしら)

途中別の登山客と会った際には、人に会えた嬉しさが爆発して、気持ちの悪いくらい明るい声であいさつをした。顔面がどれくらい引きつっていたのか分からないが、体の汚さも相まってか、親子連れには距離を取られ、若い女性には軽く悲鳴まじりのあいさつ返しをいただき、笑顔で挨拶を返してくれたのは初老のおっさんだけであった。

 

山を下りて街に戻ったら、まずはおっさんを愛そう。山の入り口まで無事たどり着いた私はそう思い、身近なおっさんである父親(通称まー)に山の入り口で撮った写真を「私は元気です。ご自愛ください。」とのメッセージつきで送った。

まーはいつも既読無視の私が急に送ってきたメッセージにいくらか皮肉を言った後に、日曜の昼間から酒を飲んでケンタッキーフライドチキンをむさぼっている様子の写真で返信してくれた。

 

この後、街に戻った私はまーの写真に触発されて、狂ったようにファストフード店をはしごして、夜はひどい下痢に悩まされることになるのだが、それはまた別の話。

 

※ありがとう先人達、ありがとうおっさんということで最近よく聴いている曲

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