治験を受けない日本人の話

いいわけ:

一日外にいてから書くブログは今回が初めてである。いつもなら1000文字超のブログをキチンと改行して書いていくが、見た目を整えていく作業をしていくとブログを一本書くのに1時間近くかかってしまうので、平日のブログはよほど暇でやることがないとき以外時間をかけずにサラッと一気に推敲せずに文章を書き散らしていこうと思う。作業時間の目標は20分以内。

 

本文:

一昔前のテレビ番組でよくみた日本人すごいんだぞ系公開自慰行為番組は現在でも続いているのであろうか。SNSや(私の大好きな)Youtubeのコメント欄では逆に「日本人はダメ、海外では云々かんぬん」といった感じの日本を卑下する感じのつぶやきをよく見る。称揚するにしても卑下するにしても、そんなものを見て面白い気分にはならないので、周りを不快にさせないために私はこの手の発現は自重しているつもりであるが、今日の講義では治験において日本が欧米よりも劣っている点を学んだ。講義の実際の趣旨はGCPの詳細を見ていくというものであったが、最後の方で上記の内容をまとめたスライドが説明され、そこだけ強烈に覚えていて、脳学校的な内容として使えそうなものだと感じたのでこれをネタにする。日本の治験の根本的な問題は被験者の少なさにあるらしい。その理由について講義で聞いた内容に、日本人っぽさとはみたいなものをちょっとだけ感じたので紹介しようと思う。

まず、参加する意義を理解している人が少ないといったことが理由として挙げられていた。

そもそも日本には「社会」という単語がなかったため、その概念の輸入元である欧米の社会というものへの認識が日本人には浸透していない、といった感じの主張はよく聞くが、いまいち治験の社会的な意義について被験者の理解が得られないことが多いらしい。やる意義を理解されないから参加もしてくれないという問題なので、意義について広く教育していく必要があるみたいなことを講義をしている方はおっしゃっていたが、根本的に社会というものがあいまいな日本でその社会に役立つからということをいくら言ったところであんまり意味ないんじゃないかなという気がした。

第二に、署名をするということ自体に馴染みがないためにそこでビビってしまうということが挙げられていた。これに関しても、契約社会ではなく察する文化であるという文化的な基盤の問題になってくるので、私はこれもどうしようもないことな気がしていて、これに対する解決策を講師も提案していなかった。

第三に、そもそも国民皆保険なので治験なんて冒険をしなくても標準的な治療を誰でも受けられることが出来るためという理由が挙げられていた。しかし、チャレンジングな治験をしないと治療をうけられないような状況に陥ってる国は、保険制度が崩壊しているアメリカくらいなものな気がしていて、日本と同じような医療が誰でも受けやすい状況でも治験をうけるような国もあるんじゃないかという気がしてしまって、その点の比較も出さずにそんなことを言われてもあんまり納得できないといった感想をもった。

最後に、治験の前に副作用について詳細に説明されてビビってしまうという理由が挙げられていたが、これは普段医療用医薬品として処方されている薬の副作用について事細かに説明されていないからビビってしまうと講師が説明していて、この点だけはなんとなく腑に落ちた。薬局でも風邪薬についての副作用を事細かに説明しているのを見たことが無い。(実習ではやらされるのに)それこそ、科学的なリテラシー向上を図ることを解決策として考えていく問題なんじゃないかと思った。

ここまで書いて、脳(思想)要素あんまないなという気がしてきたが、書き直す気力もないのでもうこのまま投稿してしまう。

また1000文字以上書いてしまったし、20分余裕で超えてしまった。

 

※本文のネタとはちょっと違うけど日本の治験の問題点についてまとめてある文献

https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/200402-04.pdf

ja.wikipedia.org